2月にチェンマイから熊本に戻ってきて、閉じていた阿蘇の民泊の3月からのオープンの準備や、タイの料理教室で習った料理の実践や、たまたま体験したタイマッサージに興味が沸き活動を始めたことなどで慌ただしく2ヶ月が過ぎました。
今月は2018年から翌年にかけて一年間学んだ東京国際仏教塾の式典があるので講演を聞いて塾の同窓と久しぶりに会う予定にしています。仏教塾は、会社を定年退職したら仏教を学ぼうという主旨の元、宗派を問わず仏教を学ぶ学校です。私は半年間は仏教総論を学び、後半は曹洞宗のコースに参加しました。今年も4月から新年度の講義が始まります。
私の曹洞宗コースの先生は曹洞宗の教化部長や大学の講師、お寺の住職など歴任され、多くの仏教関連の出版もされた中野東禅師で、私は2020年に塾卒業の後、師から秋雲昭道という戒名をいただきました。
ちなみにタイも仏教国ですが、信徒の多くは大乗仏教の日本と異なり、ほとんどが上座部仏教(小乗仏教)信徒です。何が違うのか?いろいろ言われていますが、私が思うところ、①お坊さんは私物(財産)を持たない。②食事は信徒から宅鉢のときにいただくお布施の食事で1日に1回のみ。③国民からとても尊敬されている。④子どもたちの多くがお坊さんの修行をする。など日本と違いがあります。私はタイの国民のほうに日本より道徳心を感じるのはこの違いのせいではないかと思っています。
これもちなみに、タイの人は死んだら人間かそうでなければネズミやミミズに生まれ変わると思っており(輪廻転生)、遺骨(灰)はお寺に納めるか散骨するなどで遺骨を代々墓に納める習慣がありません。私はあの世のことは死んだことがないのでわかりませんが、輪廻転生するのかはともかくタイの習慣はいいなと思っています。少子化、未婚が多い今の世の中、墓はどうする?など悩まなくて済みますから。
話がそれましたが、「四人の妻」中野先生の講話の中で時々出てきます。今はどうかわかりませんが以前アラブやアフリカで複数の奥さんを持っていいという習慣があり夫が亡くなるときその妻たちに一緒に行ってくれないかと尋ねたそうです。一人目の妻は無理だと答え、二人目も三人目も断りました。四人目の妻だけが一緒に参りますと答えたそうです。一人目の妻は夫の財産、二人目の妻は夫の肉体、三人目の妻は本物の妻、四人目は夫の心のたとえだそうです。自分の財産も肉体も奥さんも一緒について行くことはできない。お釈迦様が語られたお話だそうです。死んで連れて行けない無常なもの、そんなものに執着して悩んでも仕方が無いという教えですね。
中野先生はご健在ですが、いろいろと教えをくださった多くの先輩方はもう亡くなられました。今は先輩方々から教えていただいたことをあらためて見直しています。2500年あまりの歴史の中で培われた仏教の教えには歳をとって生きている今ならばこそ学ぶものが多くあります。
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